インド 車窓(デリー~アグラ)
バスの移動距離:約200km

デリー
インド北部に位置するインド共和国の首都。人口:約1625万人
中央アジアから南アジアへ抜ける交通の要衝で、数々の勢力がその政権の都を築いてきた。
1947年にインドが独立を果たすと、デリーはインド共和国の首都となる。
ニューデリーとオールドデリー
デリーの町はニューデリーとオールドデリー、そして郊外の3つのエリアに大きく分ける事ができる。
1600年に東インド会社を設立したイギリスが、1911年に古都デリーをおさえて新たな都を建設。
これが現在のニューデリーで、広々とした道路や整然と整理された街並みが特徴。
オールドデリーは、ニューデリーの東側に位置するエリア。街はあまり整備されておらず、
混沌とした雰囲気が漂う。街の周辺では、スクラップ&ビルドの工事現場と活気が伺える。
インド門
激戦を極めた第1次世界大戦の戦死者を弔うため、1929年に建てられた高さ42mの門。
終日、兵士が警護しており、アーチの内部には入ることができないが、9万人に及ぶ戦没者の
名前が刻まれている。
ラージ・ガート
ヤムナー川のほとりにある公園墓地。1948年にヒンドゥー至上主義者に暗殺された民族運動
の指導者マハトマ・ガンジーは、ここで荼毘に付され、川に流された。
黒大理石でできたガンジーの慰霊碑は聖地的存在。
川に臨む広大な敷地には、ほかにも初代首相ネールやインディラ・ガンジーなど偉人の墓がある。
クトゥブ・ミナール複合建築群(世界遺産)
インド最古とされるイスラム遺跡群。
中心になるのは、クトゥブ・ミナールとよばれる記念塔で、奴隷王朝の建国者である
クトゥブディーン・アイバク(ムガル帝国のインド侵入以前にデリーを中心に北インドを支配した)
が戦勝記念として1119年から建てさせ、次代アールタットミッシュ王の
時に完成したもの。
クトゥブ・ミナール(世界遺産)
この記念塔は5層になっていて高さは73mでインドで最も高い石造建築物。
外壁には草花、幾何学模様や文字などの浮き彫りがある。
フマユーン廟(世界遺産)
インドに栄えたイスラーム王朝、ムガル帝国の第2代皇帝フマユーンの墓。
フマユーンの死後その王妃が建設を指示し、王の死後から9年後の1565年に完成。
ムガル帝国の廟らしくペルシャの様式をふんだんに取り入れたその様式は、後にムガル帝国
第5代皇帝シャー・ジャハーン1世が建てたタージ・マハルにも大きな影響を与えた。
アグラ(アーグラ)
ガンジス川最大の支流であるヤムナー川沿いに位置する都市で、インドの首都・
デリーから南東へ約200km。
16~17世紀にかけてムガル帝国の中心地であったアグラには、その繁栄を物語る
建造物が多く残されている。
世界遺産にも指定されているタージマハルなど多くの観光名所があり、内外の多くの
観光客が訪れる。人口:約157万人(2011年)
アグラ城(世界遺産)
1565年から10年かけてムガル帝国のアクバル帝が築いた赤砂岩の城で、その後も
ジャーハーンギル帝とシャー・ジャーン帝の3代にわたり居城として使われた。
タージ・マハル(世界遺産)
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが妻のムムターズ・マハの死を悼み、世界
各地から資材や人材を集め、1631年から22年の歳月と国家が傾くような膨大な
費用をかけ建設した。
(説明文はガイドブックほかから転載)
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